2014年11月3日月曜日

●「ムシカリ」と装飾花●

 「ムシカリ」という名の木があります。六月から七月にかけて、少し高い山々に白い花を咲かせます。スイカズラ科ガマズミ属の野生の木ですが、その変わった和名の由来はあまりよくわかっていません。江戸時代の『本草綱目啓蒙(ほんぞうこうもくけいもう)』(小野蘭山著)には、同じスイカズラ科ガマズミ属の「ガマズミ」の地方名に「ムシカリ」と言うのが記載されています。その地方名は「虫で枯れる」の意味の言葉がなまったものだと言われていますが、それもあまり定かではありませんし、その木の花の特徴から、ここに掲げた「ムシカリ」とはまるで別物であることがはっきりしています。

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ムシカリ:上高地/撮影=水尾 一郎
大きく五弁に開いた白い花が「装飾花」。本当の花は、いくつもの「装飾花」に囲まれて咲いている小さな花々。別名「オオカメノキ」とも言い、スイカズラ科ガマズミ属の低木で、山の比較的深いところに生える。関東地方なら標高が1200m以上に生えるが、北へ行けばもっと低いところにもたくさん見られる。


 よく目立つ5枚の花びらを持つ外側のいくつもの花には、実はおしべもめしべもありません。この本来の花と異なるものは、「装飾花」と呼ばれ、昆虫を引き寄せる目印の役割をしていると考えられています。一見して5枚に見えますが、その根元ではひとつにくっついて合弁花になっています。このたくさんんの「装飾花」に囲まれて、その内側に小さな両性花を多数つけるのです。両性花もまた、5弁には見えますが、「装飾花」と同じく、花びらの根本のところでひとつにつながっているのがわかります。スイカズラ科の花はいずれも合弁花なのです。
 ラテン語学名は“Viburnum furcatum(ウィブルヌム フルカツム)”。“Viburnu”はガマズミ属、“furcatum”は「二つに分岐した」「二叉の」という意味で、若枝の伸び方に、一見してこのような特徴が見られることから名付けられたもののようです。

 関東山地の奥多摩に、三頭山という山があります。中腹に東京都の「都民の森」が広がる山ですが、その山頂直下にはこの植物の名を冠した峠があります。まさに「ムシカリ峠」と言い、なるほどたしかに、この周辺には「ムシカリ」が多数自生しています。また、その低木の下には、都下でも有数のレンゲショウマの群落があって、7月頃には、その薄紫の花をいくつも見せてくれます。この頃、レンゲショウマを見るために、多数のハイカーが訪れます。(奥多摩でレンゲショウマの群落が名高いのは御岳山ですが、こちらは七月の下旬頃にレンゲショウマ祭りが開催されます)。


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レンゲショウマ:三頭山ムシカリ峠/撮影=水尾 一郎
学名:Anemonepsis macrophylla(アネモメプシス マクロフルラ)。キンポウゲ科レンゲショウマ属の日本特産の花。大きく開いている花びら状のものは萼片。真ん中で下向きに壁のように突っ立っているのが花弁。この花弁に囲まれておしべが多数林立し、そのさらに中央にめしべがある。


 別名の「オオカメノキ」は、その葉が亀の姿に似ているからだと言われていますが、こちらのほうも、本当のところはよく分かっていません。

●「装飾花」の持つ意味と進化●

 この花は、受粉ためのポリネーター(送粉者)を呼び寄せるために、「装飾花」を真の花の周囲にいくつもつけて、ちょっと目には、いかにも無駄なコストを割いているように見えます。同じ合弁花でも、ツツジの仲間などは、よく目立つ大きめの花に、甘い蜜までつけてやって、送粉者を招きます。受粉を助けてくれるお礼に、蜜をあげようというのです。けれども、「装飾花」のある花では、中心部にある真の花は蜜を出しません。
 これは、「ムシカリ」が、他の顕花植物の進化とはほんの少しだけ違った進化の道筋をたどったことを表していますが、その最大の要因を、エネルギーコストの問題として考えることができます。


 植物が花を咲かせることは、植物にとって多大なエネルギーの消費をもたらします。植物にはもうひとつ、植物体そのものを強化し、大きくして、自然の変化に耐えられる体にするために使うエネルギー消費があります。
 けれども、なんと言っても植物の最大のエネルギーコストは繁殖のために用いられるものです。本来は、どの植物も、自分の子孫である種子の産生ということに、全エネルギーを集中したいのです。
 そこで、植物はつねに自己の植物体の強化と維持、保全のために、自ら光によって生産するエネルギーの一部を少しずつ割きながら、そのエネルギー消費とうまくコストバランスできるようにして、種の繁栄に全力を注ごうととするのです。


 虫媒花では、花粉の運び手を呼び寄せることが、重要な子孫形成と繁殖のための戦略のひとつとなっていますが、そのためによく目立つ大きな花やおいしい蜜を提供するというのが、一般的なこれらの顕花植物≒虫媒花の進化の方向でした。けれどもそのエネルギー消費はかなりの高負担となります。中でも特に高カロリーな蜜を産生することには、非常なコスト負担を強いられるのです。
 「ムシカリ」などの「装飾花」の戦略は、一見無駄なように見えても、高エネルギーを必要とする蜜を産生するコストに比べたら、こちらの方が安上がり、ということなのだと考えられるのです。「ムシカリ」など、比較的冷涼な気候のところに進出した植物の場合、低木であるが故に潤沢な日光に恵まれないという条件の中で一定の繁栄を得るためには、こうした繁殖のためのエネルギーの節約も重要なアドバンテージを与えてくれたのでしょう。
 この「装飾花」戦略は、「ムシカリ峠」という名がつけられるほどの繁栄をもたらし、大きな成功を収めました。三頭山や「都民の森」にいらっしゃる節は、どうぞ、そんな「ムシカリ」のことも思い出してやってください。


●装飾花をつける花:アジサイとその仲間●

 さて、「装飾花」をつける植物のことをもう一つ。「装飾花」をつける植物は、日本では、あじさいの仲間(ユキノシタ科アジサイ属)に多く、園芸品種のあじさいのもとになった野生の「ガクアジサイ」はもちろんんこと、これによく似た「ヤマアジサイ」、あるいはまた「「タマアジサイ」、「ガクウツギ」、「ノリウツギ」などにも特徴的に見られます。梅雨空の庭先で、花びらの色を微妙に変える園芸品種のあじさいに、人はその装飾花を楽しみ、愛でているのです。
 なお、「ハイドランジア」と呼ばれる「西洋あじさい」は、日本の園芸品種がもとになって品種改良されたものが再輸入されたものです。日本でも江戸時代にはすでに、園芸品種としての改良が行われていたのですが、その日本のあじさいを持ち帰ったイギリスのキュー植物園など、ヨーロッパ各地の植物園で、多くの品種改良が加えられました。ヨーロッパ人は派手で豪華な花を好むため、「ハイドランジア」は、そのような方向に改良されました。再輸入された「ハイドランジア」=「西洋アジサイ」の花が総体的に大きく、豪華に見えるのはそのためです。


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ツルアジサイ:ユキノシタ科アジサイ属=撮影:水尾 一郎
Hydrangea involucrata


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