2014年11月1日土曜日

植物の学名を覚え立ての頃のことだ。
その頃のノートに、こんなことが書かれている。


 最近、学名を見るようになったが、なかなかおもしろいものがある。学名そのものがおもしろいというのではないが、学者さんたちの学名命名の苦心の跡を見ることがある。

 セリ科のホソバトウキは、シシウド属に入れられているのだが、そのラテン語属名がまずふるっている。シシウドは日本の和名シシウドを代表種として属名になったものだが、ラテン語ではこれが、Angelica(アンゲリカ=ラテン語ではこう読む。アンジェリカと読むのは、英語読みとラテン語読みのちゃんぽん。よくアメリカ人がこう読む。エンジェリカとも)。つまり「天使の、天使のような」という意味だ。もともとこの仲間の植物が多く薬草として用いられたことから来たのだろうと思われる。「天使のように」人を救う働きをする植物の仲間、というわけだ。
 たとえば、そのものずばりの一般的に「アンジェリカ」あるいは「アンゼリカ」と名づけられたこのラテン語属名の代表種(日本では「ヨーロッパトウキ」とも呼ばれている)では、その精油はジンやベルモットに使われる。植物体そのものでは、根も葉も茎も、風邪薬、消化不良の薬、またはリウマチの緩和剤として使われるという。また、根は肝臓と子宮の賦活剤となる。「チャイニーズ・アンゼリカ」とも呼ばれる「トウキ(当帰)」(つまり和名の「トウキ」のもとになった漢方の薬草名)は、根を蒸して乾燥させて肝臓、血行をよくする強壮薬として用いられる。「バージー」と呼ばれる別の種の乾燥根は、痛みを和らげ、臓器の毒を除き、また皮膚の感染症を治癒する薬効がある。
 「アンジェリカ」の学名は「アンゲリカ・アルカンゲリカ Angelica archangelica」つまり「天使属の大天使のような」植物というわけで、「天使中の天使」という、またすごい献辞のような学名なのだ。それにひきかえ「チャイニーズ・アンジェリカ」のほうは「アンゲリカ・シネンシスAngelica sinensis」で、ごく控えめに「中国産のエンジェル」(sinensisは中国産の、と言う意味。シナ=支那のもとになった「秦」から来た)。


 さて、肝心のホソバトウキの学名だが、これが実にややこしい。
 Angelica acutiloba subsp lineariloba これを分解すると、属名のAngelica(この後はAngelicaをA.と略すことにする)は今書いたから、いいとして、種小名にあたるのが次のacutiloba(アクティローバ)で、この意味が「とがった裂片の」という意味の形容詞女性形(属名が女性形だから、性を同一にする)。三番目のsubspは略称で、sp.とだけ書かれる場合もあるが、「亜種」を示す言葉。つまり、A. acutilobaの亜種ですよ、と言うことを示すもの。この亜種名のlineariloba(リネアリローバ)が問題。なぜなら、この亜種名の意味は「直線状の裂片の」だからだ。学名の全体を日本語に直して書くと、「とがった裂片を持つアンゲリカ属の亜種である線形裂片の」と言うことになる。
 まあ、ここまではそれほど矛盾がないと言えばない。「先がとがっていて、線形の形をした裂片」なら、まあわからないでもない。けれどもこの「ホソバトウキ」には変種がある。この変種の和名は「トカチトウキ」で、北海道の十勝の名が付けられている。和名はそういうわけだが、学名が困った。先の亜種名の後ろに変種名がつく。変種であることを示すにはvarietas(ヴァリエタス=「変種」という意味)の略称、var.またはv.をつけるので、その部分だけを書いてみると、var. lanceolata(var.をヴァリエタスと読んで、ヴァリエタス・ランケオラータ)となる。lanceolata(ランケオラータ)は、「小さな槍状の」という意味で、植物学ではここれを「披針形の」と言う。つまり、さっきの亜種名に今度はこの「披針形の」というのがつく。「とがった裂片の線形裂片の披針形の」ということになって、こうなると何がなにやら分からなくなる。とどのつまり、この「トカチトウキ」は葉自体が「披針形」をしているわけで、それがこの植物の最終的な特徴ということになる。
 植物を見分けるときの重要な特徴が学名に表されていることが多いので、学名を覚えるのは、植物の分類ないし同定にはそれなりの意味と効果があるのだが、種小名、亜種名、変種名と逐一追っかけたのでは、何が何だか分からなくなる。「トカチトウキ」などの場合は、種小名、亜種名はとりあえずあまり気にしないということになるだろうか。


 そうそう、伊豆諸島で名高い「アシタバ」もこのアンゲリカ(アンジェリカ)属。その若葉は精をつける野菜として知られているが、なるほど、エンジェルの力、というわけだ。

 ついでに、シシウドの学名も見てみよう。
 シシウドの学名は、A. pubescense(アンゲリカ・プブスケンセ)。pubscense プブスケンセは、「毛が生える」という意味の動詞、pubescoの進行形現在(「毛が生えてきている」という意味)からつくられた形容詞。シシウドの茎や葉にうぶ毛のような毛が生えていることを指している。

1 件のコメント:

  1. Angelica の種や品種のことがわかる学名情報をありがとうございます。
    Angelica の栽培はシシウド以外は難しく、そこそこしか信仰していないのですが、この学名になぜか励まされます。

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