2014年11月3日月曜日

●人間に寄り添うものたち(2)●
-キク科の植物-


 レタス、ゴボウ、フキ、ツワブキ、アーティチョーク、チコリー。これらはすべて同じファミリーです。これにシュンギクを加えれば、そのファミリーがキク科であることはすぐにわかることでしょう。

 ◆レタスのこと◆

 レタスは、ペルシャ原産の植物とされています。和名「チシャ」。『倭名類聚抄(わめいるいじゅうしょう)』(923~930成立)に、「チサ」として記載されているものがそれのようです。この頃には、絹の道(シルクロード)をたどって、日本にもやってきていたということなのでしょう。けれども、この「チサ」は、ふつうに店にならんでいるレタスとは違って、あんなふうに丸まっていません。今、「カキヂシャ」とか「セルタス」と呼ばれているものにあたります。
 現在、レタスとしてお店に出ているものは、「タマヂシャ」というタイプのもので、日本には幕末にアメリカ合衆国から紹介されたようです。けれども、この「タマヂシャ」が本格的に栽培されるようになるのは太平洋戦争後でした。進駐軍の要求によって、米軍将兵のために栽培されたのが始まりと言われています。その後、日本人の食生活が洋風化するようになって、日本人の食卓にもよく並ぶようになったものです。
 花は一見してキク科とわかるものです。
 白いタンポポのような花、と言えばいいでしょうか。
 タンポポの仲間と同じように、茎を折ったり傷つけたりすれば、茎からは白い乳液状の液体がでます。この花の学名はその白い乳液にちなんで名付けられています。
 Lactuca sativa(ラクツーカ サティウァ)。
 このうちの、Lactucaが「乳液の出る」という意味です。種小名のsativaは、「栽培された」という意味で、この植物に学名がつけられた頃には、すでにヨーロッパ各地で栽培されていたことを意味します(命名者はリンネ)。日本語属名はアキノノゲシ属と言います。
 なお、サラダ菜と呼ばれているものも、レタスの一種で、品種が異なるだけです。

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トネアザミ。関東の山地や高原ではふつうに見られるアザミ。

 ◆ゴボウのこと◆

 ゴボウは、現在もヨーロッパからシベリア、中国東北部にかけて広く自生しているため、その原産地の特定はかなり難しいのですが、現在までのところ、地中海沿岸から西アジアにかけての一帯が原産地として最も有力視されています。けれども、これらの地方で、ゴボウ、つまりキク科のこの植物の根が野菜として利用されたという歴史はまったくなかったようです。
 ゴボウの学名Arctium lappa(アルクティウム ラッパ)の属名の部分のArctiumとは、「熊の」という意味ですから、ゴボウはまったく人間の食用として顧みられることがなかったことがわかります。その一方で、熊がその根を掘って食べることは広く知られていたようです。これも命名者はリンネです。リンネの時代には熊の食べ物として広く認識されていたのでしょう。
 ちなみに、種小名のほうのlappaは、「毬」という意味です。「熊さんの毬」というわけです。

 ヨーロッパでは顧みられなかったゴボウも、日本ではかなり早い時期から、食用として認識されていたようです。『本草和名(ほんぞうわめい)』(898年)にはすでに、栽培種として掲載されているそうですから、日本では中国から渡来してまもなく、食用とされるようになったのでしょう。とはいえ、中国からは薬草として入ったもののようですから、はじめはかなりの高級野菜だったのでしょう。平安時代の日本では、貴族・皇族たちの食べ物であったのではないでしょうか。藤原道長などの摂関家や、紫式部や和泉式部、清少納言がごちそうとして食したのだとすれば、ゴボウにも光り輝く日々があったのかも知れません。

 ゴボウを食用にする、ということについては、日本人はすでに似たような植物の根を、かなり古い時代、縄文時代以前から、食用にしていた経験によると思われます。それは、アザミやヤマボクチの仲間の根です。アザミ、ヤマボクチの仲間はこのゴボウと属は異なりますが、同じキク科の中でも、かなり近縁の仲間です。特に、アザミ属のモリアザミの根は「ヤマゴボウ」の味噌漬けなどのようにして、地方の名産として知られています。また、富士箱根火山帯から南アルプスにかけて分布するフジアザミは、日本で最も大きいアザミですが、その根もゴボウのように香ばしい香りがして、ゴボウと同じように食べることができます。葉も花もおいしいらしく、日本の鹿さん(ホンドジカ)は葉や花を好物にしています。
 ヤマボクチの仲間、オヤマボクチ、ハバヤマボクチはなどは、花もアザミに似ていますが、その根は深く、またかなり太いのです。実際に掘ってみるとその形状はゴボウそっくりです。また、その名の「ボクチ」は、漢字で書くと「火口」。つまり火をつけるとき、この花の総苞片の白い綿毛を使って、そこに火が移るようにしたことから、このように呼ばれるようになったと言われているのです。縄文時代、弥生時代から、種火の火付けのための利用されてきたという、なじみの深い植物だったのです。春先の若い葉はさっとゆがいて食べますから、ヤマボクチの仲間は本当に日本人には重宝な植物だったと言うことができます。

 これらの根を食してきた経験から、日本の古代の人は、ゴボウが、薬用としてではなく、食用として利用できるものであることにいち早く気づいたのでしょう。


 『私は貝になりたい』で、太平洋戦争中の捕虜虐待を問われて絞首刑になる主人公は、親切心からこの仲間の根を捕虜のイギリス兵に食べさせたのですが、そのイギリス兵はそれを虐待の証拠として挙げます。「雑草の根を食べさせられた」というのです。悲しい誤解でありました。その誤解を解くことができなかったことの裏には、植物の利用の歴史の違いが厳然として横たわっています。そして、裁く側の文化や価値観がどれほどのあってはならない死を生んでいたかと言うことも。

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フジアザミ。根は深く太い。とってもおいしいのだが、もちろん野生の
ものの根を掘り出すことは禁じられている。

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